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ヴェルヌ、そしてE・A・ポオの話

 以前に本の歴史について、書いていたことがあります。その本の中にヴェルヌについての記述がありましたので書いてみようと思います。

 (平凡社新書)「ヨーロッパ本と書店の物語」(小田光雄 著)

 ウォルター・スコットやフロベールたちが活躍していた18~19世紀は本は買う人もいれば、貸本屋で借りる人もいたらしい。第5章「バルザック『幻滅』の書籍商」にヴェルヌについての記述がありました。この当時、発行部数1000、1500部を超える小説はまれだったとか。
 1870年代に入り、ジュール・ヴェルヌの廉価本は3万部刷られて、大衆小説市場の巨人にのしあがったという。

 わたしが思うに、ヴェルヌの小説は世界中で愛読されたので、3万部をはるかに超えるでしょうね。改めてジュール・ヴェルヌの人気ぶり、発行部数から見るヴェルヌの凄さに度肝を抜かれました。

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  •  それから、エドガー・アラン・ポオの話題。これは次週BSで放送される映画の話。

    6月20日放送

    BS-TBS /夜10:00~0:00
    「世にも怪奇な物語」(1967)上映時間 122分

    フランス&イタリア合作オムニバス映画。
    (原作 エドガー・アラン・ポオ)

    第1話「黒馬の哭く館」(メッツインガーシュタイン)
    監督ロジェ・ヴァディム

    第2話「影を殺した男」(ウィリアム・ウィルソン)
    監督ルイ・マル

    第3話「悪魔の首飾り」(悪魔に首を掛けるな)
    監督フェデリコ・フェリーニ

    これは、ブログで書いていたことを写したものです。ご存じない方もいらっしゃると思いますので、紹介させて頂きます。

    見てのお楽しみという、60年代後半のビッグスター共演、怪奇映画です。高校時代、映画雑誌「スクリーン」で、最恐の映画と絶賛されていたのを覚えています。

    わたしが少年時代に観た時、怖さが刷り込まれた思い出の映画。また出会えるので、ワクワクしています。

「会誌」6号感想

しばらく、ノートパソコンの不調で修理に出していましたので、会誌の感想を書くのが遅れてしまいました。

「会誌」6号、デザインも一新しただけでなく、かなり厚くなりましたね。synaさんが何らかの都合で休筆されたようですが。SF作家の新井素子さんのエッセイから、読んでいて楽しくなってくるのを感じていました。
「漂流しているのに、気分的に漂流していない…」のコメントに「あっ、そういえばそうだようね」と掛け合いをしたくなる心境でした。

 次回から他のSF作家にも声を掛けられたらいかがなものでしょう。なんか楽しさがほしいというか…。

 (島村山根)「ネッド・ランドの怒り」を読ませていただいているうちに、連鎖反応で思い出すものがありました。80年代にNHK-FMで放送されたラジオドラマ「海底二万リーグ」(村上啓夫脚色)10話連続。

 このラジオドラマの中で、ネモ船長はネッド・ランドに「仲間にならないか」と声をかけるシーンがあったのが意味ありげでした。原作にはないシーンだったので、気になり当時調べてみて分かったことがありました。
 この時に初めて、カナダのケベックはフランス領だと知りました。その後、「海底二万里」のドラマと同時代でしたか、イギリスはインドネシアに進出した同時期に、ケベックにも殖民地化しようとしたらしい。

 ネモ船長はインド人だと設定した上での脚色だったのでしょう。この時に初めて、原作でネモ船長がネッド・ランドを軽蔑している理由が分かった気がしていました。「ネッド・ランド、独立精神がなかったのか」という意味合いから、ラジオドラマで「仲間にならないか」と言わせたのかなと思いました。
 ネモ船長には、ネッド・ランドとアロナックス教授が親しくしている光景に違和感を感じていたのだろうかと、勝手な推測をしていました。

 ラジオドラマとして脚色された村上啓夫氏は、過去にハヤカワポケットミステリー(新書)「海底二万リーグ」を翻訳されています。かなり削られていますが、ラジオドラマ化の脚色を依頼された時、翻訳者ならではのこだわりを入れられたのでしょうね。

創造から受容へ

二年前にアミアンで行われたヴェルヌ国際学会の議事録がようやく出ることになりました。この本に収録された拙論文、形式的な出来はそれほどよくないのですが、今までの定説を真っ向から否定して内容で勝負したもので、やっとヴェルヌ研究業界にお披露目できると非常に感慨深いです(とはいえ、日本では散々あちこちに書いたり喋ったりしているのですが)。到着を楽しみに待ちたいと思います。

http://www.fictionbis.com/encrage/pages/fichouvrage2.php?ID=521&edtid=&PHPSESSID=4d0489e04a6146cf48cd2e8dde1a182b

ブッチャー氏講演会の続き  ある会員の活動21−2

投稿の間が開いてしまったが、続き。
(原書を買おうとした書店は日曜日休日であった)

これなら池袋で下車してジュンク堂に立ち寄った方がよかったのではないか、いや、以前欧明社に来たときに買っておけばよかったのだ、いやいやそもそもいい加減ガラケーじゃなくスマホにしておけばプロジェクトグーテンベルグからダウンロードするなり仏語辞書もアプリがあったろうになどと、ありえたかもしれない過去へのルサンチマンが数秒間頭の中を駆け巡った。

が、この歳になるとあきらめが早い。駅につながったショッピングモールの蕎麦屋で早めの昼食をとる。ひとごこちつけて、東西線で東陽町へ。

駅から出て四つ目通りを進むとほどなく区役所、その隣が江東区文化センターであった。

30分ほど前に着く。4階の会場に行っても、いつものことながら誰も来ていない。ちょっと待ってみたのだが、人がどれだけ来るか分からないし、空気入れ替えといた方がいいよな、と思い1階に降りて受付で申し入れる。

警備員が開ける仕組みらしく、4階にあがるともう開いていて、いつのまにか先に上がっていた会員の方々と机を並べ直して待つ。総勢11名。

すると時間ちょうどくらいに石橋氏、私市先生とブッチャー氏が登場。
プロジェクタを設置し、とたんに始まった。

つくづく、世の中は進歩したと思う。PC画面がスクリーンに映ったと思ったら、我々はSDカードに記録されたヴェルヌ『地球の中心への旅』草稿の画像を目の当たりにしたのである。

ブッチャー氏いわく、自分の研究は既存のヴェルヌのイメージを破壊するだろう、今後まとめて出版するつもりだ・・・

内容は次回会誌に訳が掲載される予定とのことであるからくどくどは書かないが、ヴェルヌがパリにいた当時、エッツェルとの間で後年のように頻繁に書簡がやりとりされてはいなかったようで、ヴェルヌとエッツェルとの間で『地球の中心への旅』の改稿を巡ってどのようなやりとりがされたのか、記録はほとんど残っていない。

草稿を手がかりに、ヴェルヌが構想した原『地球の中心への旅』を明らかにしようとするのがブッチャー氏の狙いであった。
執筆時期や、エッツェルの介入箇所の特定などについての仮説を画像を示しながら説明され、皆興味深く聞いたと思う。

いくつか質問したが、やはりブッチャー氏指摘の箇所が邦訳のどの辺かわからずまごついた場面があった。

一番驚いたのは、私が一番注目していた箇所、主人公が夢かうつつかと断りながら、地底で巨人を目撃する場面。ここだけは何の説明もつかない、ヴェルヌの幻視が生で出てきているような場面である。実は初版にはないのだそうだ。
後に出た挿絵版で加筆されたそうで(前回も書いたが、こういう経緯は会誌第2号の読書会でちゃんと説明されているのだ。やはり予習不足が露呈した訳である)、それはエッツェルの指示だったというのがブッチャー氏の説明。

思わず、え、あの場面エッツェルの発想!?と飛び上がったのだったが、加筆の内容を誰がどう決めたかは分からないとのこと。いや、ここはヴェルヌだ、ヴェルヌだ・・・
(そうでないと、私が会誌4号と6号に書いたことが完全崩壊するのである)

1時間強で講演は終了。皆で記念写真を撮り(撮ったのはブッチャー夫人)、ブッチャー夫妻はそのまま成田からご帰国とのことで、石橋さんが駅まで送っていった。

なんとなくあわただしく始まり、終わった感がある。気後れして聞きそびれたのは、ブッチャー氏は結局、ヴェルヌは『地球の中心の旅』をどのような作品にしようとしていたと思っているのか、ということ。

幻想世界を書きたかったのか、冒険小説を書きたかったのか、地球空洞説的世界観の啓蒙だったのか・・・

その後戻ってきた石橋さんを囲み皆で若干協議。会誌6号をゲット。厚みがある。送料の問題が出たようだが、外観は特集作品の『神秘の島』にふさわしい貫禄が出たと思う。品評会は6月末から7月初(その後7月1日で決まったようだ)、7号読書会(ガン・クラブ3部作)は10月ということで決まった。

石橋さんはだいぶお疲れの様子(それもそのはずで、前回投稿のコメントによれば朝から観光のおつきあいだったそうな)で、会場を引き払うと三々五々、解散したのであった。私市先生がなさったそうだが、やっぱり石橋さんの慰労をかねてちょっと行ってもよかったかも。

私はと言えば、池袋で降りてジュンク堂に行った。しかしアシェット社の原書はなかった。帰宅後、ヴェルヌ書店で注文したことは言うまでもない。

ウィリアム・ブッチャー氏の講演会 ある会員の活動21ー1

さて、5月20日はブッチャー氏の講演会であった。

忙しい、忙しいと言い訳をしつつ、しかし活動再開するのだ、と威勢よく言ったのはよかったのだが、これは生来の悪癖で、要するに計画性というものがない。

出発時間や会場の確認くらいはしていたのだが、当日の朝になって、全く「予習」というものをしていないことに思い当たった。

講演の内容は『地球の中心への旅』(『地底旅行』)の草稿研究について、というものであった。

何の予備知識もなく分かる内容とは思えない。

まず、しばらく『地球の中心への旅』を読んでいないので、細部を記憶していない。
岩波文庫版を出し、道すがら読んでいくことにする。

本来なら、会誌2号の特集で詳しく論じられているのだからそちらもちゃんと読んでいくべきなのだが、時間がない。

さて、ヴェルヌの草稿についてであるが、これも予習できる。行ってみてのお楽しみ、という方もいるだろうが、せっかく「ジュール・ヴェルヌ・ページ」ナント市立図書館にリンクを貼っているのだから、会員としては目を通しておいて当然、というべきなのだ。
ヴェルヌの字が案外読みやすいのも分かる。洋の東西を問わず、昔の人の方が字がきれいだったということか。しかし、ざっと見るくらいしかできない。

ちなみに、『地球の中心の旅』の草稿そのものは個人所蔵とのことで、ナント市立図書館のサイトには載っていない。

ついでに、ブッチャー氏のサイトもリンクがある。これもよく見ると、ずいぶん以前に『地球の中心の旅』についての論文が一本載っている。本日の講演内容の理解には役立つのではないか?

ああ、だが時間がない。あきらめて、支度をする。

ここで、重大なことに気づく。

そもそも、原書がない。
(うう、リンク貼り過ぎか? だんだんめんどくさくなってきた[笑])

なんとなく昔買ったつもりが、買ってなかった。『気球』もある、『地球から月へ』もある、だが『地球の中心』はない!

それじゃ、どこの箇所の話してんだか全然わからん、ということになるのでは???

ややパニックになりかかるが、頭を巡らす。
そうだ、まだ出発時間には早い。経路も飯田橋を経由する。
欧明社というフランス書籍の書店が飯田橋にあるから、立ち寄って行こう。『気球』も『グラント』もあそこで買ったのだ。なかったら、あきらめるしかない。

大急ぎで支度をして家を出る。電車に飛び乗り、一息つけて邦訳を読み始める。うん、話はやっぱり面白い。

ここで、またはたと気づく。

電子辞書忘れた。

うう、分かんなかったらその場で聞くしかないか。情けないなあ・・・

電車は飯田橋に着いた。時間的には余裕がある。

神楽坂方面で降りると、欧明社は案外近い。

だが。

私は呆然とした。

日曜は休業日であった。

(長くなるのでこの項続く)

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