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『家庭博物館』ほか

今年も残り少なくなってきました。最近読んだ本を何冊かご紹介。

まずヴェルヌ関連書ということで、Jean-Louis Mongin, Jules Verne et le Musee des familles(Encrage, 2013)。今年の10月に出たばかりの本ですが、少しずつ読んでいたので読了までにやや時間がかかりました。内容は、ヴェルヌの初期の執筆の舞台となっていた雑誌『家庭博物館』の紹介、そしてヴェルヌとのかかわりです。エミール・ド・ジラルダンに始まる歴代の編集長の列伝を中心に、1834年から1900年まで刊行された長命の雑誌の歴史をたどり、その関連出版物、参加した挿絵画家および執筆者の紹介を経て、ヴェルヌが発表した短編、変名や匿名でヴェルヌが執筆した可能性のある記事、ヴェルヌが話題になっている記事の紹介が行われています。この雑誌に関する本格的な研究としてはおそらく初めての単行本であり、独自の発見はあまりありませんが、まとめとしては篤実で貴重です。個人的に興味深かったのは、ロマン主義時代の雑誌一般に言える現象として、匿名と変名の記事がことのほか多いこと、特に雑誌巻頭に掲げられている執筆者一覧に名前がありながら、署名記事の見当たらないネルヴァルのケースについて、ネルヴァル専門家は雑誌の宣伝のために名が載っているだけと推測しているのに対し、著者がネルヴァルの可能性がある変名をいくつか挙げていたこと。ヴェルヌの参加は1951年から20年以上の時期ですが、執筆点数はそれほど多くなく、これまでに指摘されている以外にも匿名で書いた記事はほかにも埋もれている可能性があるとか。こういう執筆形態そのものに個人的には大変興味をひかれます。ちなみに本書は、ダニエル・コンペールが監修する叢書「Magasin du Club Verne」の第三巻。第四巻がコンペール自身のヴェルヌ論集、そして第五巻として実は拙著(左右社刊行の博論の元版)が予定されているのですが、うーん、来年中に出ますかね……

そしてヴェルヌと関係のない本。小沢信男『捨て身な人』は、これは冴え渡る話術としか言いようがなく、紹介される本が次々に読みたくなって困ります。花田清輝とか、いまさら購入したりしましたが、長谷川四郎の項を読んでいて、つい勝手にその兄の濬の評伝が去年出ていたのを思い出し、しかもその著者が『ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む』の要を得た書評を書いていた人であることに気づき、この機会に購入、一気に読んでしまいました。長谷川濬は、この名前をどう読むのかわからないまま、少年期にインプットされていた人で、バイコフの『偉大なる王』の児童向け抄訳を友人から借りて読んで夢中になり、完訳を読みたくて果たせなかった時期に、戸川幸夫『虎 この孤高なるもの』の随所に引用されていた濬の訳文で渇をしのいでいたことがあったのです。その後、高校生になった時、「天声人語」で孫のために『偉大なる王』を訳して自費出版した人のことが紹介されているのを目にし、なんとか入手できないかと思っているうちに中公文庫入り。しかし、思い入れがありすぎたせいか、期待ほどおもしろくなくてがっかりした覚えがあります。もちろん初めて知ることばかりで、甘粕正彦はもちろん、神彰とか、関係する人名がなかなか派手でびっくりの逸話満載ですが、ご本人は、『偉大なる王』の成功以外は不遇を絵に描いたような一生ながら、不思議にからっとしたところがあって、「生き抜かれた一生」という感じがします。小沢本に触発されて買ったもう一冊は菅原克己『遠い城』。標題の小説は、例のリンチ共産党事件の裏話ですが、それが実にさりげなく書かれていて、いい作品でした。この時代にはもともと興味がありましたが、以前にまして作品にすっと入り込める気がするのは、これは昨今の時代的空気のゆえということでしょうか……