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続ヴェルヌと関係ない話

今年の初めの投稿で紹介したブログ「本はねころんで」では、このところずっと小沢信男の著作の紹介をしてくださっていて、小沢初心者には大変有難く毎日楽しみに読んでいるところです。なにが有難いといって、山田稔もそうなのですが、再刊で収録作が変わったりするので、定本を買えばいいのだろうと安心してもいられないため、各単行本の収録作を知ることができる点なんですね。まあもちろん僕みたいに出遅れて読み始めた者は、とりあえず目に付いて面白そうなものを価格との相談で少しずつ揃えていきながら学んでいって、最終的には全部入手することになるにせよ、その過程が楽しいわけですが、ちょうどブログの連載がそれに寄り添ってくれている感じなのです。個人的になかなかタイムリーなのですが、ちょうど京都の「編集グループ〈SURE〉」という出版社が小沢信男の新刊を出すという情報がちょっと前に紹介されていたのもこちらとしては絶妙のタイミングで、基本直接注文のようなので早速代金を振り込んだところ、四月上旬刊行予定で予約受付ということだったのに、なんと早くも今日届くという、この打てば響く嬉しさ。おまけに代表の方の自筆一筆箋入りと、まことに心憎い限り。で、そのタイトルがまたふるっています。『小沢信男さん、あなたはどうやって食ってきましたか』。いやいや、力が抜けていますねえ。稿料がない『新日本文学』系の作家というのはどうやって食ってきたのかとは誰しもが素朴に思うところであって、食えるわけがないと思う頭の固い人たちの下司の勘繰りを招いたりもするわけですが、本当に「種明かし」されていて、これが実に面白い。いやもう、すでに最近読んだ何冊かですっかりファンになっていたのですが(『いま昔東京逍遥』『あの人と歩く東京』『悲願千人斬の女』)、とどめを刺されました。

新刊情報

ある会員の方から教えていただきましたが、アルベール・ロビダに関する論集がフランスで刊行されたそうです。ヴェルヌに対する言及もかなりあるとか。近く取り寄せたいと思います。

http://www.robida.info/documents/fiches_lecture/de_jadis_a_demain_2010.html

また、〈驚異の旅〉にもっとも多くの挿絵を描いたことで知られるレオン・ベネット(この人の姓はどう発音するのかよくわからなくて、綴りに合わせて最近は無難にブネットと表記するようにしていましたが、この間フランスに行った時にヴェルヌ学会に参加した際、耳に入った限りでは、ベネットでいいみたいです)に関する本が近く出るとのことで、予約受付が始まっています。一週間後にアミアンでヴェルヌ学会があるのですが、この本の著者であるベネットの子孫の方も発表される由。アルフォンス・ド・ヌヴィルに関する大きな本(ちょっとした画集です)やエドゥアール・リューに関する本も出ていたとはいえ、まさかベネットで出るとは思わず、嬉しい驚きです。練馬区立美術館のグランヴィル展や、パリで開催される予定になっている大規模なドレ展も示すように、こうしたビッグネームの再評価に引っ張られる形で、彼らの陰に隠れていたマイナーな挿絵画家たち(しかし、彼らこそ、本来の意味における挿絵画家でしょう)にも光が当たりつつあるようです。

http://www.leonbenett.fr/

ヴェルヌとは直接関係ありませんが、最近読んでおもしろかった本をご紹介。秋草俊一郎『ナボコフ 訳すのは「私」』は、まず著者の若さに驚き、東大総長賞受賞に二度びっくりし(そんな賞、初めて聞いた)、いざ読み始めてリズムの悪い日本語に閉口したのですが、第三章が素晴らしかった。この部分だけでも買って読む価値があります。後書きによれば、原型は卒論で、それを十年近く彫琢してきたとのこと、確かに、人文学の領域では、投じられた時間と労力によって輝くものがあるのです。そして、卒論という初発の時点でこれだけの原石が得られれば、博士論文ですらその後産にすぎないわけで、これが才能というものでしょう。論じられているのが短編ということで、積読になっていたナボコフ全短編を引っ張り出して対象作を読んでから読みましたが、やはりナボコフは「今こそ読まれるべき作家」に今後ますますなっていくような気がしました。

『ロビュール』再び

前回の投稿からずいぶんと間が空いてしまいました。引き続き『征服者ロビュール』について若干のことを。この小説が近未来小説である、ということを意識できた邦訳の読者は果たしてどれだけいるでしょうか。この点についての配慮が欠けているのも手塚訳の問題点のひとつです。端的には、エッフェル塔が出てくるわけですが、『ロビュール』の刊行は1886年、エッフェル塔が完成するのはその3年後のことです。そして、登場人物アンクル・プルーデントが財をなしたのは、ナイアガラの滝からエネルギーを取り出す事業に出資していたためですが、この滝が水力発電に使われるようになるのはこの十年後のこと。この時点ではこれは十分にSF的な話だったのです。また、アフリカ縦断に際して、建設途中の「サハラ横断鉄道」の線路を見かけることになっていますが、この計画はこの時点で着手はおろか、ほぼ頓挫していたのです。『ロビュール』刊行の数年前、この計画のために派遣されたフラテール調査団が原住民に虐殺されるというショッキングな事件が起きており、そのため、普仏戦争以来のフランスの悲願であった「サハラ横断鉄道」計画はほぼ断念された格好になっていました。

ヴェルヌは、さまざまな理由から頓挫するなどして実現に至っていないこうした大規模な(ユートピア的)プロジェクトに大変関心を持っていました。例えば、サハラ海がその例です。今注目を集めているチュニジアの内湖地帯は地中海より海抜が低く、その昔は内海だったという伝説に基づき、それを復活させようとしたフランス陸軍の士官ルデールがレセップスも巻き込んで実現の一歩手前まで行ったこのプロジェクトは、最晩年の『海の侵入』のテーマとなったほか、やはり未来予測小説である『エクトール・セルヴァダック』の中では、すでに実現していることになっています。また、横断鉄道つながりでいえば、大アジア横断鉄道が『クローディウス・ボンバルナック』では開通したことになっています。こうした計画に対するヴェルヌの関心は、彼がフランス流の「文明化」の大義をある程度信奉していたことを意味しますが(特に、ヴェルヌが作中でほとんど取り上げていないサハラ砂漠をなんとかしようとする計画が二つもあるのはその点で重要でしょう)、単純にこういう大規模な事業が好きだったということでしょう。

そういうわけで、『ロビュール』には、何度となく「この時代には……なっていた」という記述が出てきます。これはすべて(同時代の読者にとっての)未来のその時点に関する予想記述なのです。手塚訳はその点がまったく考慮されておらず、単にヴェルヌの同時代の話としか読めなくなっています。もちろん、これは「未来のことを過去形で語る」という(蓮實重彦が指摘し、批判した)SF小説の原理的背理とも関わる問題です(このあたりの話はできればsansinさんにお願いしたいところですが、と振ってみる)。

知られざる稀覯書

あけましておめでとうございます。今年は研究会にとって大事な一年になるはずです。こちらでも逐次ご報告しますので、ご注目いただければ幸いです。その前にまずは、会誌Excelsior !第5号の刊行が控えています。特集は『海底二万里』。すでにほぼ原稿は揃っており、鋭意編集を進めて参ります。

さて、こういうことはすでに旧年中に書くべきだったかと思いますが、2010年をちょっと振り返りつつ、ヴェルヌとも会とも関係ないことなど。昨年は、個人的には、最近ご無沙汰気味だった日本の現代文学をまた読み始めた年で、とはいえ、新しい作家を読んだわけではなく、ともに高齢ながら現役の小沢信男と山田稔を今頃発見したりしておりました。前者については、ここ数年ずっと探していた『わが忘れなば』(晶文社)を(大西巨人『精神の氷点』の改造社版ともども)ようやく入手。『わが忘れなば』は、この本を熱心に探している少数の人々の間で、なかなか古書店に出回らないことで知られています。こちらのブログの記事によれば、「この四十年ほどで三回しか見たことが」ないとのこと、おそらく「日本の古本屋」などに出たとしても、すぐに買われてしまったりして見過ごされたことも一、二度はあったかもしれないとはいえ、それにしても十年に一度くらいしか出ないわけです。僕の場合は去年の夏休み前に「日本の古本屋」に出ていたのをたまたま見つけて飛びつくように買いましたから、当然、このブログの作者の方の目には触れていません。値段は2000円と法外に(と思うのは、この本を探している少数の人だけでしょうが)安く、届くまでびくびくしました。無事に届いた本は美本だったものの、先に紹介したブログの記事(ちなみに続きがありますので、ぜひ「次の日」もクリックしていただきますよう)に出ている書影の通り、この本は黒い函入りなのですが、その函がありませんでした……。いやまあそれだけの話なのですが、この小説集、素晴らしく充実しており、ひとつだけ挙げれば、花田清輝も絶賛したという「盧生都にゆく」は、最近流行の多世界ものや永劫回帰もの小説の究極の形をすでに示してしまっていると思います。

ご挨拶

このたび、日本ジュール・ヴェルヌ研究会の公式ブログを開設する運びとなりました。研究会会長として、一言ご挨拶を。

日本ジュール・ヴェルヌ研究会は、新島進氏を初代会長、私市保彦先生を顧問として、2006年に発足しました。現在会員数は約50名、年4回の例会のほか、会誌Excelsior !を年に1号ずつ刊行し、さらには、2008年に慶應義塾大学150周年記念企画として演劇『八十日間世界一周』公演を、翌年には第9回文学フリマ併催イベントとして奥泉光氏トークイベントを開催し、主要メンバーが中心となって、雑誌『水声通信』ジュール・ヴェルヌ特集号、訳書『ジュール・ヴェルヌの世紀』、解説書『ジュール・ヴェルヌの描いた横浜――「八十日間世界一周」の世界』を上梓してまいりました。現在も複数の出版プロジェクトが進行中で、着実に活動を続けていますが、一般の方には会の実態がつかみにくいのも事実です。そこで、それぞれの活動の様子を気楽に発信できる場として、このブログをぜひ会員の皆さんに活用していただければと思う次第です。

石橋正孝

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