二つの『地底旅行』

ジュール・ヴェルヌ『地底旅行』 /1864年
(原題 “Voyage au centre de la Terre”『地球の中心への旅』)

時は1863年。ドイツの鉱物学者リーデンブロック教授はふとしたことから、ルーン文字の暗号による謎の古文書を入手します。甥のアクセルと共に苦心の末それを解読すると、なんとそこには《地球の中心》への入り口が記されていたことが分かりました。大胆不敵な教授は臆病者の甥を強引に引き連れて、アイスランドのスネッフェルス山へと向かいます。現地で寡黙な猟師ハンスを仲間に加わえ、死火山の火口から地底世界へ降り立つと、かつてない旅が始まります――。様々な危機を乗り越えて三人の旅人が地の奥で見たものは、広大な海、巨大キノコの林、地上ではとうに絶滅した古代生物の群……。

コナン・ドイルの『失われた世界』や映画『キング・コング』など影響を与えた作品は数知れず、文学やその他のメディアにまたがってひとつの系譜を生み出す契機となったこの名作。実は、主人公たちは《地球の中心》に辿り着くことなく旅を終えてしまいます。注意深く読んでみれば、他にもいくつかの未解決の問題があるのに気付くことでしょう。

奥泉光氏の『新・地底旅行』は、ヴェルヌが残した謎に対するひとつの《答え》と言えるかもしれません。

奥泉光『新・地底旅行』/2004年 朝日新聞社刊

物語の舞台は明治末期の日本。ヴェルヌの『地底旅行』から半世紀ほどの後のこと。理学界でその名を馳せる稲峰博士が令嬢都美子と共に謎の失踪を遂げるという事件が発生しました。博士はあの
リーデンブロック教授に傾倒して地球空洞説を熱烈に支持した挙げ句、ついに《地球の中心》への入り口がここ日本にも存在することを突き止め、富士の樹海にある洞穴へと消えたのです。美学者の富永丙三郎と挿絵画家の野々村鷺舟は、博士の高弟水島鶏月、都美子を慕う女中サトと共に、稲峰父娘の後を追う旅に出ます――。

夏目漱石の文体模写を用いることにより、ユーモラスかつ時代の臨場感たっぷりにドラマが綴られていきます。古典作品の後日談として幕を開けつつも、二重螺旋の洞窟や宇宙オルガン、謎めいた光る猫など、奥泉氏独自の宇宙観へと滑らかに移行していくのが見どころです。

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