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ジュール・ヴェルヌが描いた横浜—「八十日間世界一周」の世界(慶應義塾大学教養研究センター選書)

内容紹介

1859年、いわゆる黒船来航に代表される西欧諸国の外圧を受け、強硬に開国を迫られた江戸幕府はついに横浜港を開港します。[略]日本近代開始の象徴ともいうべき横浜開港から13年後の1872年、遠いフランスでは、ある新聞連載小説が人気を博していました。タイトルは『80日間世界一周』。作者は『月世界旅行』、『海底二万里』といった冒険科学小説で名声を得ていた作家ジュール・ヴェルヌ(1828〜1905年)です。表題そのままに世界一周が語られるこの小説で当時のヨーロッパ人たちは、手に汗握る冒険譚とともに、遠い異国の風物を楽しみました。そして主人公たちの旅行行程には、当時ほとんど知られていなかった日本が含まれ、横浜の港の様子が描かれていたのです。西洋との交流がはじまって十余年後の横浜は、小説のなかでどのように描かれ、また日本を訪れたことのない作家ヴェルヌがいかにしてこの港を知りえたのでしょう? 『80日間世界一周』にはより今日的な面白さもあります。世界を覆う情報網、インターネットとグーグルマップに象徴される情報網、こうしたインフラの上でますます縮小——あるいは拡張——する現代の国際社会を思うとき、この作品が21世紀前半の歴史的必然というべきグローバリゼーション時代に先鞭をつけていたことも見逃せないのです。

そうした興味から、横浜開港150周年を目前にひかえた2008年12月、私は当時会長を務めていた日本ジュール・ヴェルヌ研究会の全面的な協力を得、慶應義塾大学教養研究センター日吉行事企画委員会(HAPP)主催による「異国見聞『80日間世界一周』〜1872・グローバリゼーション元年、ヴェルヌの見た横濱」と題する展示と演劇公演を企画しました。[略]催しの目玉である演劇公演はプロの劇団「おのまさしあたあ」(座長おのまさし氏)を招いておこないました。当日は塾生や横浜市民のみなさんをはじめとする160名もの観客が集まり、その盛り上がりは大変なものでした。また上演にさきがけた数日間、日本ジュール・ヴェルヌ研究会のメンバーに協力をあおぎ、『80日間世界一周』にちなむパネル展示をおこないました。本書はこの展示内容に加筆修正をほどこしたものです。

本書の構成を述べておきましょう。第1部では、ヴェルヌ研究の第一人者である石橋正孝によるジュール・ヴェルヌと『80日間世界一周』の解説。次に、日本における『80日間世界一周』受容とその後のメディア・イヴェントを藤元直樹が論じます。作家作品について基本的な知識を得たあと、続く第2章では『80日間世界一周』と横浜の関係を具体的に見ていきます。まずは島村山寝と私が、ヴェルヌが横浜を描く際に参照したとされる『日本図絵』とその著者エメ・アンベールを紹介、また、作品において横浜が果たしている役割を明らかにします。次にヴェルヌの実際のテクストと上記『日本図絵』とを読み比べ、幕田けいたが登場人物のひとりで、横浜を実際に歩いたパスパルトゥーの足どりを追跡調査。そして桜井飛鳥が、豊富な写真資料とともに作中で描かれた横濱と現在の横浜を比べていきます(桜井氏には横浜関連全般のリサーチもしてもらいました)。本書を片手に港町散歩を楽しめること請け合いです。最後に資料として、日吉キャンパスでおこなった展示と演劇上演の報告をおこないました。

150年前の文学作品、あるいは歴史というものが、変遷を経ながらもめんめんと現代に繋がっていること、その時の流れを、横浜という地所を結節点として感じていただければ編者として嬉しい限りです。[略](新島進/本書序文より抜粋)