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ジュール・ヴェルヌの世紀 科学・冒険・《驚異の旅》

内容紹介

この本の原題を直訳すると、「ジュール・ヴェルヌ——科学から空想へ」となります。いうまでもなく、エンゲルスの『空想から科学へ』をもじったタイトルです。ジュール・ヴェルヌは、同時代の科学から直接想を得て小説を書いていました。そこには予言の名に値する要素はなにひとつありません。すべては、なんらかの形でどこかに書かれていたことをヴェルヌはメモしてきていたのです。ただ、ヴェルヌはそれを足場として、予言以上のことをやってのけました。潜水艦〈ノーチラス号〉は、まるで海底を進む豪華ホテルのように、生活の心配がなにひとつない世界ですが、このような潜水艦はいまだに実現したことがなく、おそらく、今後も決して実現しないでしょう。永遠に現実にならないものを「予言」とはいいません。〈ノーチラス号〉は——それも、ネモ船長という、謎めいた魅力を持つ人格の一部としての〈ノーチラス号〉は——「空想」の中にしか、存在しないのです。

ヴェルヌ作品のこうした側面をよりよく理解するためには、当時の科学の水準を正確に把握する必要があります。これは、ヴェルヌ作品を読むだけではかなり難しい作業です。というのは、あれほど饒舌に科学的説明を繰り広げているように見えて、ヴェルヌという人は、肝心なところを親切に説明してくれません。大事なところほど、心憎いまでにさりげなく触れているだけなので、百年以上経った今なお、熱心なマニアや専門家にも気づかれることなく、埋もれているそうした個所は多いはずなのです。

あくまで読者ひとりひとりがヴェルヌの仕掛けた細部の工夫を発見する上で、本書は格好の道しるべとなるでしょう。第一章は、ヴェルヌの簡単な評伝、第二章は十九世紀において科学の諸分野でなされた達成の総覧、第三章は、ヴェルヌ作品に即して、地理学、地底の世界、航空技術を概観し、第四章は天文学、最後に、ヴェルヌ作品における未来、そしてヴェルヌの後世への影響の紹介となっています。百科事典で有名なラルース社の刊行物らしく、ヴェルヌ愛読者にはおなじみの図版だけではなく、当時の科学に関する多数の図版が収録されており、見るだけでも楽しめる本になっています。本文中に散見される誤りは、最新のヴェルヌ研究の立場から(本書は、ヴェルヌ没後100年の2005年を記念して刊行された多数の関連本の一冊です)訳注で正し、さらに、人名だけではなく、事項も含めた索引を付しました。全体として、「ヴェルヌ小百科」的な構成となっていますので、これから改めてヴェルヌの世界を再発見したいと思うすべての方にお勧めできます。(石橋正孝)

書評